Cedep 発達保育実践政策学センター

日本心理学会第79回大会 公募シンポジウムのご報告

日時・会場・テーマ

日時:2015年9月24日(木) 15:30~17:30

会場:名古屋国際会議場 第15会場/2号館224

テーマ

「発達保育実践政策学の挑戦:あらゆる学問は保育につながる」

概要

本年度より子ども子育て支援新制度が施行され,より良い保育の質とは何かという議論が高まっている。また,世界的な動向をみても,乳幼児の発達と保育の質に関するエビデンスに基づく政策提言が一層求められてきている。東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センターでは,政策分析,子育て・保育研究,乳幼児発達科学,人材育成開発等を統合的に推進する学術研究プロジェクトを立ち上げ,発達保育実践政策学を構築するためのデザインと実験・調査研究に取り組んでいる。本シンポジウムでは、4つの研究領域より、その取り組みとその展望を議論した。

シンポジスト

企画代表者・話題提供者: 渡辺 はま(東京大学)
企画者・司会者: 高橋 翠(東京大学)
話題提供者: 村上 祐介(東京大学)
話題提供者: 淀川 裕美(東京大学)
話題提供者: 山邉 昭則(東京大学)
指定討論者: 氏家 達夫(名古屋大学)
指定討論者: 久保(川合)南海子(愛知淑徳大学)

要約

企画趣旨説明(高橋):2015年7月1日設立の当センターに関して、設立までの経緯やセンターの体制についての説明を行った。

発達基礎領域(渡辺):①ヒトの発達初期における神経構造学的、機能的、行動的な変化について、基礎科学の手法とそれにより明らかになってきていることが紹介された。②実験室という限られた状況で明らかにされた知見と、広く開かれた子育て・保育の多様な環境の中で生じている子どもの振る舞いや状況を、どのように結びつけられるのかについて議論した。③基礎科学的な知見を、子育て・保育の現場や、政策・制度の施行・制定において、どのように取り入れるのか(あるいは取り入れないのか)という問題は、規範や倫理と直結することが指摘され、それらを有機的につなげるのは、様々な領域の研究者、実践者の協同によってしか実現しないという話題提供が行われた。

政策領域(村上):子ども・子育て新制度の現状と混乱について言及があった。心理学では、「過程の質」の中身や、それが子どもにいかなる影響を与えるのかを中心に研究が蓄積されており、「構造の質」がいかなるメカニズムで「過程の質」に影響するのか、また、どのような保育制度・政策が、「構造の質」にどの程度影響するのか、といった視点での研究は非常に手薄であることが指摘された。また、制度・政策がいかなる政策過程を経て決まっているのかに関する研究(政策過程研究)の重要性が指摘された。現状では、保育政策を専門分野とする研究者が少なく、その育成と、心理学での知見を含め様々な分野の成果を結びつけるプラットフォームが必要であることが主張された。

子育て・保育領域(淀川):我が国では、保育(ECEC:Early Childhood Education and Care)の質が子どもの発達に与える影響に関する大規模調査(例. 英国 EPPEや米国NICHD)は行われておらず、当センターではその点に精力的に取り組んでいくことが表明された。近年、世界各国では、子どもの育ちを支える保育の質のうち、特に「プロセスの質(Process Quality)」に関心が集まり、重要性が認識されてきている。これまで国内の先行研究・調査では、主に「構造の質(Structural Quality)」が測定されてきたため、 ECECに関する国際的な動向に歩調を合わせるという意味でも、全国の多様な形態の保育施設を対象に「プロセスの質」を把握し、それと関係する要因(構造の質やストレスや職場満足感等)の関連性を分析することは非常に重要であることが指摘され、現在計画中の大規模調査研究や、その先に見据えた焦点化された観察・調査研究に展望について議論された。

人材育成領域(山邉):発達科学、保育学、政策学など既存の学問の統合を目指し、保育をめぐる新しい社会課題へ対応可能な学術を創成しようという本センターの重要な使命のひとつとして、この領域を担う人材育成について多角的に議論が行われた。保育の専門性の検討、そのコンピテンシー同定のための認知的タスク分析の紹介、それを応用した研修のデザイン、園と養成課程の協働などについて示された。保育政策人材については、センターは異分野協働のプラットフォームとして機能し、様々な分野の研究者、実践者、行政担当者等とのつながりを構築していくため、セミナーやシンポジウムの企画開催、SEEDとなる研究の支援等に取り組んでいることが紹介された。

企画者による感想

大会最終日の最後の枠ということもあり、参加者はやや少なかったものの(約30名)、真剣に各部門の発表を聞いていたように思う。保育それ自体に関わる学会ではない、この日本心理学会において、これだけ参加者がいたということは、やはりこのセンターが取り組む課題が広く興味・関心を引くものであるためであろう。久保先生のお話には、おそらく子育て経験者であろう方々が大きくうなずいていたことが印象的であった。久保先生や氏家先生のコメントは、どれも核心をつくもので、シンポジウムの中ではとても議論しきれない(すぐにお答えできない)ものであった。センターに持ち帰り、今後議論を更に深めたいところである。特に氏家先生のコメントについては、今後センターが研究知見を公表していく際に、情報がどのように受け取られ・解釈されるか(誤解や拡大解釈を防ぐためにはどうすればよいのか)ということに細心の注意を払わなければならないことに気づかされた。本シンポジウムは、センターが正式に発足してから3ヶ月経った今、改めて目指すべきゴールは何かということを問い直すとてもよい契機となったように思う。(高橋翠)

心理学会においては、ヒトの初期発達における知覚、認知、情動、行動発達と、その背景にある人的、社会的環境に関しての議論は古くからなされてきたが、本シンポジウムは、それらを「子育て・保育」につなげ、さらには「政策・制度」につなげる道筋について考えることに主眼を置いたものであった。その意味で、指定討論の先生方や参加者の皆さんが、どのようにこの問題を捉え、感じ取っていただけるかについては、想像がつかないところがあった。ところが、その心配に反して、これまで心理学が熱心に取り組んで来た、こどもとそれを取り巻く環境への理解だけではなく、それらをどのように社会システムや、自治体・国の制度につなげていったらよいかを考える試みに関して、大変心強い激励と期待の言葉をいただいた(もちろん現在我々が気づいていない、あるいは思いを馳せ切れていない点に対するご指摘も含めて、ではあるが)。我々が目指す方向は、社会システムのあり方、国の未来のあり方等への発言力を持つことにもつながる営みであるため、科学的な知見を積み重ねていくこととは別の次元のものである。どのように情報を提供し、公表し、提言していくのかという道筋を作り上げていくことそのものがチャレンジであることを改めて認識する機会となった。その道筋を、多くの方々と共有しつつ創り上げていくこと自体が、ひとつの学問として成立する魅力的な領域になるかもしれないという手応えを感じた。(渡辺 はま)

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