Cedep 発達保育実践政策学センター

第10回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2016年2月17日 (水) 18:00〜20:00
場所
東京大学教育学部 第一会議室
講演

「音色の相対音感と音韻性dyslexia:音声の物理現象を眺めていて気付かされること」

峯松信明(東京大学大学院工学系研究科)

峯松先生からは,我々は「音」である話し言葉をどのように「ことば」として認識するのか,ということについて,ご講演いただいた。

はじめに,話し言葉とはどのような音であるのか,ということについて,物理学的な側面などを平易に説明していただいた。異なる母音は,舌の位置によってコントロールされていること,そして声の高さ/低さは波形の間隔であり,声の細さ/太さは声の中での共振周波数によって決定されることなどを話され,音響学的に解説してくださった。また,ブザーの音を異なる形状の筒に通すことで別の母音に聞こえることを実演してくださったり,リアルタイムで先生の声を波形にして見せてくださったりすることで,声やことばの音響的特徴について,実感をもつことができた。

次に,音声を模倣・学習することについて,音楽における音感の例と比較しながらご説明いただいた。我々が他者の話し言葉を「ことば」として認識するときに,その声の高さや声の質などは,通常影響してこない。つまり,他者の話し言葉を真似するとき,その声の高さや質を気にすることなく,「ことば」である部分だけ認識し,真似することができる。では,この「ことば」である部分だけを認識するというのは,どういうことなのであろうか。ここで音楽における相対音感との類似性を指摘された。相対音感とは,1つの音を聞いただけではその音名を当てることはできないが,複数の音を聞くと,その間隔から音階における相対的な位置を当てることができる,という能力である。すなわち,様々な声の高さ,声の質を持つ人々の話し言葉から,その共通する母音を同定するということは,相対音感者がその間隔から音階における位置を同定することと同じで,その周波数の間隔から,相対的に母音を同定しているのではないかと考えられる,ということである。

続けて,もしそのような形で母音を同定しているのであれば,論理的に浮かび上がってくるであろう疑問点について,回答を提示してくださった。まずは,相対音感者はただ1つの音を聞いただけでは,その音の名前を特定できないのであれば,ただ1つだけ音声を聞いたとき,その母音が何か同定できないという現象も存在しなければならない,と言う疑問である。しかし直観として,たとえ1つの音声だけを聞いたとしても,その母音を同定できないということは,想像しがたい。ここで,普段聞きなれないような音域による周波数で特徴づけられるような音声であると,それが1音である場合は同定できないが,たとえ意味を持たない文字列であったとしても複数の音声を連続的に提示すれば,その母音を同定できるようになる,という実験結果を紹介することで,峯松先生の考え方の妥当性を示された。次に,相対音感者は特定の音に対して,絶対的な音名を付与できないのであれば,母音を音声として理解できても,そこに母音名を付与できないような現象が存在しなくてはならない,という疑問点である。しかしこれにおいても,直感的に,そのような現象は考えられない。峯松先生もそのように考え,言語聴覚士の方に尋ねたところ,実はそのような現象は,音韻性ディスレクシアとして存在するということである。最後に,ただ1つの音を聞いてその音名を同定できる絶対音感者は,逆に音階の中での相対的な階名を認識しづらいのと同様に,母音においても絶対的にその特徴を認識してしまうような現象があると考えられる。そしてこれについても,自閉症者に,そのような特徴をもつ者がいるということである。以上のように,様々な角度から,我々がどのように「ことば」を認識しているのか,ということについて,ご説明いただいた。

参加者の声

質疑応答では,音楽との対比を行っていた講義内容からか,その共通点や差異についての議論が盛り上がりを見せた。論点としては,例えば音楽の要素の1つであるリズムも,音声認識の中で役割を果たしているのではないか,ということ。そして,絶対音感が,その後の言語学習に影響するのか,ということなどである。音楽と言葉の対比について,非常に興味深い論点が多数挙げられ,活発なやりとりが行われていた。

僕たちがどのように他者の音声を「ことば」として認識しているのか,というのは,普段気にしたこともなかったが,考えてみれば不思議な現象である。そしてそれは,子どもがどのように言語を獲得していくのか,ということにも大きく関わる問題であろう。本講演では,その物理学的な側面から平易にご説明いただき,話し言葉というのがどのようなものであるか,理解することができた。講演の内容としては,声の高さや質など,「ことば」には本質的に関係しないところに,どのように影響されず,「ことば」として母音を認識しているのか,ということが主題であったように感じた。しかし僕たちの生活においては,むしろその本質とは関係しないところに,その人の性格や感情,あるいは年齢や体格などを見てとり,意味内容を持つ「言葉」の理解に役立てているとも考えられる。その,「ことば」としての処理と「言葉」としての処理が,どのように行われているのか,そして発達的にどのように行われるようになっていくのか,という点についても,非常に興味深い。保育において子どもの言語獲得を支援していくために,そのような論点も必要になってくるだろうと思われる。

「子ども虐待予防に向けたシステム作りと妊娠期からの対策の可能性」

上別府圭子(東京大学大学院医学系研究科)

上別府先生からは,虐待を予防するための,スクリーニングやレクチャーのシステム作りについて,様々な実践や研究を基にお話しいただいた。

はじめに,上別府先生の今までの経験を基に,先生ご自身がどのような問題意識をお持ちなのか,ということについてお話しいただいたのち,産後うつについてご説明いただいた。産後うつが注目される理由としては,発症率が高く,見逃されやすいこと,また子育てに支障をきたし,自分での診断がしづらいことなどが挙げられた。また出産というのは,家族の形成においても重大なイベントであり,そういう意味でも周産期に注目することは大事であると考えられている。

まず,虐待のリスクを測定するツールや手続きについてご説明いただいたのち,実際に看護師さんなどを対象として行われたレクチャーのプログラムについて紹介していただいた。プログラムは2日間を2年続けて行うもので,途中宿題もはさみながら,産後うつの測定の仕方や,ケアの仕方などについて,レクチャーを受けたり演習を行ったりするものであった。そしてプログラムとしては一定の効果を上げており,また参加者の感想としても,ツールを使うことのメリットが確認できたり,こういったツールを使うことで結果を出せるため,ご家族に説明しやすかったり精神科に依頼しやすかったりすることなど,ポジティブな意見が見られている。このように,産後うつについてのレクチャーは一定の有用性を持っていることが確認され,次は地域と医療機関でどのような取り組みが行われているのか,ということについて調査した研究に話を移された。地域においては,複数の事例を基に介入の効果などが検討され,育児支援マニュアルが広く使用されていることや,産後うつを測定するツールが使用されていることが確認され,それらが現場の保育士から一定の評価を得ていることが示された。また,こういった取り組みの結果,地域の母子メンタルヘルスの向上にも,良い影響が見られそうだとしている。一方で,医療機関においては,母親の精神的スクリーニングについて,ほぼ実施されていない現状が明らかにされた。

では,医療機関ではどのようなサポートが求められるのだろうか。これが次のテーマである。ここで,産後5日目に測定された産後うつの得点が通常行われている産後1か月の得点と高い相関を見せることや,妊婦のアタッチメントスタイルが産後うつの発症を予測することなどを示した研究をご紹介いただき,より早期に産後うつのスクリーニングを行うことの重要性が再確認された。この点について,医療機関においては,妊娠中からすでに産後うつの見られそうな人をスクリーニングし,ケアを開始することが可能だと考えられる。実際に上別府先生は,東大病院においてこの妊娠期からの産後うつスクリーニングのシステム作りを行っており,今後ますますこの予防という観点からのケアが大切になってくると考えらえる。最後に,現在産後うつの重要性が認識されつつある現状を述べられたうえで,よりスムーズな連携ができるシステム作りや,予防に向けた取り組みが重要になってくると展望を話された。

参加者の声

質疑応答では,産後うつのリスク要因として,出産が高齢であることや初産かどうかが影響しているのではないか,また早期発見によって乳児期の虐待だ けでなく,幼児期や学童期の虐待も防げるのかどうか,といったことが論点として挙げられた。出産の年齢については,研究によってその影響が示されているわ けではないが,現場の声として高齢の方が苦悩されるケースが多いという回答があった。また幼児期以降の虐待については,別々の要因が影響していることも考 えられ,早期の対応によってその後すべての虐待が予防できるわけではないと思われる。しかし,出産という家族にとってクリティカルな時期に介入を行うこと は大切であることを述べられた。その後も,実際に誰を対象にどのような介入を行っていく必要があるのか等,白熱した議論が続いた。

産後うつについては,学生の自分にはあまりなじみのない話題であったが,上別府先生がご自身の問題意識から現場の声,実際の教材や資料までを丁寧に説明してくだ さったため,その重要さや,介入の効果について,深く理解することができた。より早期から対応することで,実際に産後うつや虐待に苦しむ人が現れる前に, それを予防できるというのは,大切なことであると思った。個人的な疑問点としては,どれくらい早期の段階でこの対応を行うことが理想的なのか,ということ である。講演内で,妊婦のアタッチメントスタイルがその後の産後うつ発症に影響することをお話しされていたが,もしかすると,妊娠以前から,産後うつや虐 待傾向を測定することも可能かもしれないと考えられる。例えば思春期や学生時代から,産後うつのスクリーニングや介入が可能になったとして,それを行うこ とが適切なのであろうか。あるべき介入の形について,今後も調べ,考えていくことが大切だと強く感じた。

報告:池田慎之介(東京大学院教育学研究科教育心理学コース修士課程)

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