Cedep 発達保育実践政策学センター

第15回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2016年7月20日 (水) 18:00〜20:00
場所
東京大学教育学部 赤門総合研究棟A210
講演

「子育ち子育てエンパワメント:根拠に基づく実践とシステム」

安梅 勅江(筑波大学大学院人間総合科学研究科)

安梅先生からは、これまでに実施してこられた複数のコホート研究について、実施に至る経緯、大事にされている理念、ツール開発の工夫、効果検証の内容、そして代表的な調査結果をご紹介いただいた。

一連のコホート研究プロジェクトでは、一貫して「エンパワメント(湧活=ゆうかつ)」を大事にされている。子育ちや子育ての当事者、すなわち子どもを中心とする保護者、保育者、研究者、地域の人々といった周囲のすべての大人たちが元気になることを支えたいという。そこでは、個人がエンパワメントされるだけでなく、仲間がエンパワメントされ、組織・地域もエンパワメントされる「エンパワメント相乗モデル」を想定している。回りにくい歯車がある場合に、他の歯車を回していくことでその歯車全体が動き出すという発想である。

コホート研究では、行動要因と結果(発達等)の関連について、環境要因と遺伝要因、そして時間要因を含みこんで分析を行う。例えば、51,000名を対象に19年間続いている保育コホート研究では、長時間保育が子どもに及ぼす影響を明らかにするための追跡調査を実施した。調査の過程を通じて、5つの支援ツール(発達評価ツール・育児環境評価ツール・保育環境評価ツール・気になる子ども支援ツール・社会的スキル尺度)を開発すると同時に、支援の目標・課題・背景・影響要因・支援方法・根拠などを整理し支援設計を行っていった。評価ツールの開発にあたっては、海外で開発された指標には日本に合わないものも多かったため、新たに開発しながら妥当性を確認していくかたちで進めていったそうである。また、例えば「かかわり指標」の測定では、観察・モーションキャプチャー(IRSA)・(成人では)脳波測定というように、複数の方法で頑健なデータ取集を行った。

養育者支援の効果検証研究の一部を紹介すると、この養育者支援システムを利用している保護者11,640名のうち配慮を要するかかわりをしていた保護者について、支援(介入)を経た1年後の育児環境を調査したところ、子どもをたたくなどの行為は6~7割減少し、家庭の望ましいかかわりは3~8割増したといった結果が得られている。支援によって保護者がエンパワメントされ、そのことが家庭に良い影響をもたらしている。他にも家庭での育児環境や保育環境、保護者支援等の要因と、学童期以降の子どもの心身の健康の関連など豊富な知見が紹介され、養育者支援による子どもと保護者の可塑性及びレジリエンス醸成の重要性が強調された。また、こうした取り組みを支えるウェブを活用した支援システム(養育者に寄り添うツール、養育者が子育てを楽しむツール、そして職員間のチームワークツール)について、現代のテクノロジーを活用した養育者支援の実践と研究のあり方が紹介された。

最後に、発達保育実践政策学センターへの希望として、学融合知のプラットフォーム機能、当事者主体研究法の開発、科学知と実践知をつなぐ人材養成を挙げられた。本日のご講演の柱である「エンパワメント」理念と繋げて、人々が持つ力を最大限に発揮し共感する発達保育実践政策学への期待を語っていただいた。質疑応答では、各コミュニティでエンパワメントした場合に、コミュニティ間で齟齬が生じる場合もあるのではないかという質問が寄せられ、安梅先生からは、コミュニティ間の情報共有がうまくいっていないからではないかという応答があった。また、例えば虐待している保護者への支援では、子どもと保護者のどちらを優先するかというコンフリクトが生じるが、保護者を阻害すると子どものハピネスも下がる可能性があるため、両方を考える必要がある。このように文脈に応じた配慮の重要性についても最後に共有された。

参加者の声

26年に及ぶ地域コホート(5,000名対象)、19年に及ぶ保育コホート(51,000名対象)等、複数のコホート研究に携わってこられた経験から、コホート研究を継続するための工夫や配慮等も合わせて豊かなお話を伺うことができました。コホート研究で、生活満足感など本人の思いをアウトカムにすることを大事にしているという言葉が印象的でした。その背後にある「人間は生涯にわたって可塑性を発揮する存在。それを繋いで意味づけていくことが、支援者の役割」という言葉や、「エンパワメント」の理念を語られる安梅先生のお姿に、私たち一人ひとりもエンパワーしていただいたように思います。大変貴重なお話をありがとうございました。

報告:淀川裕美(発達保育実践政策学センター特任講師)

「保育政策のマクロ効果――『子育て支援が日本を救う』著者解題」

柴田 悠(京都大学大学院人間・環境学研究科)

柴田先生は、「日本は現役世代向けの社会保障が乏しく、保育の財源の問題が軽視されている。財源を増やす必要性についてメッセージ性のある研究がしたい」という問題意識を出発点として、「保育政策やその他の社会保障政策について、広い範囲での直接的・間接的影響を検証し、相互比較する研究」を試みられてきた。それらの研究をまとめたご著書『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年)の内容を中心に解説をいただいた。以下はその要約である。

本研究では、日本・欧米を含むOECD28ヵ国の1980~2009年の国際比較時系列データを使用し、一階階差GMM(一般化積率法Generalized Method of Moments)推定によって、一般政府の政策の社会的影響を分析した。ただし、主となるデータは2000年代のものであること、推定結果は日本を含む先進国での平均的な傾向であることに注意が必要である。2010年代以降も類似の結果が得られるのか、また、日本のみで見ても類似の傾向が見られるのかについては今後の検討が必要である。そのため報告者としては、本研究が、新たな分析を促す一つのきっかけとなることを希望している。具体的な分析結果は以下の通りである。

子育て支援策のうち、特に保育サービスが女性労働力率を高め、それが労働生産性を高め、さらには経済成長率や財政余裕を高めるという効果が確認された。また、女性労働力率が高まることは、おそらく男性の経済的負担を減らすため、自殺率を低下させていた。さらに、保育サービスや児童手当は、子どもの貧困率を低下させる効果があった。すなわち、「子育て支援」(とくに保育サービス)は、その国の労働生産性・経済成長率・出生率を高め、子ども貧困率や自殺率を下げる。一方で、その他の政策は労働生産性などに効果がないか、あったとしてもその範囲は限定的であった。さらに、保育サービスの政策効果の試算によると、保育サービスをGDP比0.1%(5千億円)だけ拡充すると、経済成長率が短期的には0.23%上昇することが見込まれる。これを乗数効果で見ると2.3倍となる。この数字は誤差が大きい上に、使用データや推定方法が異なるものの、「公共事業」の乗数効果は1.1倍、「法人減税」の乗数効果は0.5倍であり、「保育サービス」の乗数効果はこれらよりも大きいものと考えられる。

「労働生産性・経済成長率・出生率の低さ」「子ども貧困率・自殺率の高さ」は日本社会が抱えている問題である。子育て支援がその国の労働生産性・経 済成長率・出生率を高め、子ども貧困率や自殺率を下げるという傾向が日本でも当てはまるとすれば、子育て支援拡充は日本社会が抱えている問題の解決に寄与すると考えられる。無論、高齢者福祉、貧困対策、就労・教育支援、障害者福祉等の充実も、今後の日本において必要である。子育て支援により労働生産性や経 済成長率が高まることで税収が増えれば、それらの政策を充実させることが可能になる。また、保育サービスは右派が求める「経済成長」と左派が求める「貧困 の予防」の両方に貢献することから、超党派の合意形成につながる可能性がある。以上の分析から、「これからの日本を救うのは、保育サービスを中心とした子育て支援である」という本書の結論が導かれるのである。

参加者の声

精緻な統計的分析により、子育て支援政策の社会的・経済的効果が見事に明らかにされており、大変説得的でした。保育サービスを中心とする子育て支援政策の充実が「選択」されるよう、社会へメッセージを発信し続けることが重要だと感じました。一方で、保育サービスの量的拡充だけでなく、質の保障・向上も重要な課題となってくるため、量を増やすことにプラスアルファの予算が割り当てられるよう、保育の質に関しても様々なアプローチから知見を積み重ねていくことが必要だということを改めて考えさせられました。大変貴重なご報告をどうもありがとうございました。

報告:野澤祥子(発達保育実践政策学センター准教授

ページトップ