Cedep 発達保育実践政策学センター

第18回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2016年11月9日 (水) 18:00〜20:00
場所
東京大学教育学部 赤門総合研究棟A210
講演

「霊長類の社会的知性:仲間関係、利他関係の維持基盤」

大西 賢治(東京大学大学院総合文化研究科)

大西先生からは、ニホンザルの社会性・利他性を規定するメカニズムの解明に関して、これまでのご研究の知見をご紹介いただいた。

「社会性」(sociality)とは他個体と親和的もしくは敵対的に関わる際の行動傾向であり、環境中に存在する問題に対処するために進化してきた戦略である。そして、他個体との関わりの中で生じる社会的問題に対処する上で発揮される知性を「社会的知性」(Byrne & Whiten, 1988)と呼ぶ。霊長類の高度な知性は他個体との駆け引きにうまく対処するために進化してきたと考えられ、研究の初期には、社会的知性の中でも特に“欺き”や“競合への対処”に関する研究が多くなされてきた。しかし、大西先生はニホンザルの母が子の保護に費やす労力をどのように配分しているかを研究していく中で、駆け引きよりも協調的な関係が重要であることに着目された。そして、社会的知性においては集団内個体を欺くという行為よりも“協力関係・利他関係の形成・維持”がより重要ではないかという観点から、ニホンザル、ヒト幼児など、霊長類の社会性・利他性に関する研究に携わってこられた。

社会性・利他性の個体差を生み出す基盤を解明していく上で、大西先生らは、遺伝、内分泌系、育ち・経験、社会関係・社会的能力という複合して社会性・利他性に影響すると考えられる要因を同時に検討する包括的解明モデルの構築を目指しておられる。遺伝や内分泌系の観点からは、ニホンザルを対象に、社会性関連候補遺伝子のうち、毛づくろいの交換との関連が認められているオキシトシン受容体遺伝子(OXTR)とオキシトシンホルモンの働きを検討されている(毛づくろいは、社会性の重要な指標とされている)。具体的には、OXTRのエキソン領域に存在する多型が毛づくろいの交換を行う相手の数と関連していることや、OXTRのイントロン領域の多型が毛づくろいの交換量と関連していることなどを見出し、合わせて、OXTRが利他性・社会性に与える効果は、オキシトシンの尿中代謝濃度とは独立である可能性などを示されてきた。また、オキシトシンホルモンは、社会性や利他性の向上に寄与する機能をもつだけでなく、(親和的な関係の個体との交渉がオキシトシンの分泌を促すというように)もともとあった個体との関係をより強調する可能性も見出されてきている。このように近年、遺伝子と行動、内分泌系と行動の関連メカニズムの解明が進み、社会性・利他性について多面的・多層的なアプローチにより明らかにされてきている。

なお、大西先生のご研究では、勝山に暮らすニホンザル集団と淡路島に暮らすニホンザル集団との比較を通して、集団間の社会性・利他性の違いを規定する要因についても検証が進められている。両群では観察される協調行動や攻撃行動に違いが確認されているが、資源の状態といった生態的な状況には大きな違いがないという。一方、攻撃に関連するアンドロゲン受容体遺伝子に存在する多型におけるアリル頻度に違いが認められるなど、遺伝的な基盤が社会性・利他性に影響を与えている可能性が示唆されている。

近年、ある動物種(もしくは集団)において複雑な利他行動の交換や協力行動の達成、他個体への同情、慰めなどが確認されるかどうかは、個体の認知的な能力ではなく、社会的要因による抑制が優位に働いている(社会的制約仮説social constraint hypothesis)と考えられてきている。ニホンザルの集団における行動傾向の違いには、遺伝的な背景の違いが影響していると考えられるが、そのような違いは比較的単純な心的機能にのみ影響を与えると考えられる。しかし、単純な心的機能の変化が、高次な利他性の発揮を制約している性質に影響を与えるならば、集団単位での行動の大きな違いを生み出すかもしれない。今後、どのような変化が集団の違いを形づくるのか、さらなるメカニズムの解明が待たれるところである。

質疑応答では、勝山集団と淡路島集団とのパフォーマンスの違いへの関心が高く、純然たる知性(intelligence)と社会性(sociality)との関連はどうか、コンピューター等の自分に害悪の及ばない相手の場合にはどうか、歴史的な生活環境の厳しさや資源の豊富さなどの影響はあるのかといった質問が出され、活発な議論が行われた。

参加者の声

見せてくださった映像の中で、淡路島に暮らすニホンザルが、二匹で協働して餌を確保する場面や、(勝山のニホンザルであれば餌の奪い合いになるはずの状況で)大勢のニホンザルが一箇所に集まって平和に餌を食べている場面は、競合的な野生ニホンザルのイメージを覆される内容で衝撃的でした。この二群における違いは何によってもたらされているのか?今回お話があったように、遺伝的な背景と比較的単純な心的機能、そしてより高次な利他性の発揮というように複数の要因の関連が社会文化的要因も相まって明らかになることで、ニホンザル集団ひいては(示唆を得るという意味で)人間集団の本質に迫っていけることが大変楽しみです。私自身は、保育集団における乳幼児や保育者のふるまい、関係性、そこでの育ちに関心があるので、ニホンザル集団の研究から今後も学んでいきたいと思いました。大変知的に刺激的なお話をありがとうございました。

報告:淀川裕美(発達保育実践政策学センター特任講師)

「『内/外』の境界を相対化するバリアフリー教育の可能性」

星加 良司(東京大学大学院教育学研究科)

星加先生は従来のバリアフリー教育の問題点を指摘し、新しいバリアフリー教育の可能性についてお話し下さった。従来、バリアフリー教育とは障害者や高齢者といったバリアに直面している人々の困難を解消・緩和するために必要な理解を進めることを意味してきた。つまり、障害者や高齢者を私たち(多数派)とは異なる特別な存在として捉えたうえで、彼ら・彼女ら(他者・少数派)を支援するという考え方である。具体的な教育方法としては、私たちが彼らの経験を間接的・直接的に理解することを目指すDAT(Disability Awareness Training)型プログラムが用いられている。間接的には障害者などに関する講演や映像作品を通じて、直接的には障害に近い状態を疑似体験することを通じて、彼らの経験を理解しようとする方法である。

しかし、こうした従来のバリアフリー教育には二つの問題点があるという。第一に、私たちの社会に彼らを包摂するという理念を掲げても、現実の社会では彼らを排除する動きが生じている。1980年頃から社会が不安定化する中で、私たちが彼らをライバルとして意識するようになったからである。例えば、アメリカでは白人労働者(私たち)がヒスパニックなどの移民(彼ら)に自分の仕事を奪われていると感じ、移民排斥への共感が広がっている。第二に、従来のDAT型プログラムでは障害者が差別される社会構造を理解できない。多くの映像作品において、障害者は苦悩しながらも周囲の優しい支援を受けて障害を克服するヒーロー・ヒロインとして描かれるので、障害者に対するイメージが偏ってしまう。また、障害の疑似体験では障害者が実際に経験する社会的・心理的な困難を再現できない。

そこで、近年では新しいバリアフリー教育の考え方と教育方法が提案されている。私たちと彼らの間に線を引く従来の考え方に対し、新しいバリアフリー教育ではそうした線引きを揺さぶることを目指している。すなわち、私たちの中にも彼らと似た部分があることを意識させて、彼らの問題を私たちの問題として捉えさせようとする。そのための教育方法の一つがDET(Disability Equality Training)型プログラムである。参加者はケーススタディ・ロールプレイ・ゲームといったグループワークを通じて、障害者などが差別される社会構造を経験し自らの位置を問い直す。こうした取り組みの一環として、星加先生は「ザ・ジャッジ!―迷惑なのは誰?」や「クイズ&ギャンブルゲーム」を開発した。その詳細については星加良司(2015)「バリアフリー教育を授業に取り入れる」東京大学教育学部カリキュラム・イノベーション研究会編『カリキュラム・イノベーション』東京大学出版会をご覧下さい。

以上のように、星加先生はバリアフリー教育のあり方を理論的に検討するとともに、よりよい教育実践に向けてプログラムの開発にも取り組んでいる。

参加者の声

新しいバリアフリー教育が成功するのかは私たちの想像力にかかっていると感じました。どれだけ優れたプログラムを開発しようとも、私たちが自分の中にも少数者と似た部分がある、あるいは自分も少数者や弱者になるかもしれないと想像しない限り十分な効果を期待できません。新しいバリアフリー教育の根底には人間の想像力への信頼があるのだと思います。

報告:関智弘(発達保育実践政策学センター特任助教)

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