Cedep 発達保育実践政策学センター

第25回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2017年6月21日 (水) 18:00〜20:00
場所
東京大学教育学部 第一会議室
講演

「自閉症と共感性、道徳性」

明地 洋典(東京大学大学院総合文化研究科附属 進化認知科学研究センター)

1.自閉症は共感性の障害?

▷共感性の定義・・・情動伝染、感情的共感、認知的共感の集合体
▷自閉スペクトラム症・・・社会的コミュニケーションの困難、著しい興味の限局、常同的行動を中核とする。男女比は4:1
▷自閉症研究件数の推移・・・Kanner(1943)による症例報告が初。1990年代中盤から飛躍的に増加。現在は年に数千件に上ると推計される。
▷自閉症の原因に関する理論
・超男性脳仮説(Baron-Cohen, 2002):男脳はシステム化、女脳は共感が得意であり、自閉症は極端に男性化した脳の結果である
▷共感と同情(Baron-Cohen & Wheelwright, 2004)
・共感は認知的要素(他者が何を考えている/感じている/行動するかを理解したり予測すること)と情動的要素(他者の感情を見たり知ったりしたとき適切な感情を感じること)の2つから成る。
・同情(他者の苦痛を見たり知ったりしたときに生じた感情により、他者の苦痛を軽減したいと思うこと)は共感の情動的要素に属する(一部は情動的要素と認知的要素とが重なり合う部分にかかっている)
▷自閉症者、男性、女性のシステム化度と共感度
・共感指数(Empathy Quotient)の得点分布・・・自閉症者は定型発達者の集団に比べ得点の低い方に分布がずれている(Baron-Cohen & Wheelwright, 2004)。
・個人がシステム化度と共感度の2軸のどこに布置するか、得点の分布を検討したところ、自閉症者は定型発達者に比べシステム化度が高く共感度が低かった。また、男性は女性に比べて共感度が低く、システム化度が高かった(Baron-Cohen et al., 2005)。
➡自閉症者は共感能力が低いか?共感の2要素(情動的・認知的)に着目し、各々を構成する原初的~高次段階の要素に分けて、定型発達者との違いを検討する必要がある。
▷自閉症と情動伝染、表情伝染
・自閉症者も他者が痛み刺激を受ける場面を観察した際、島やACCといった痛み関連脳領域が活性化する(Hadjikhani et al., 2014)。
・最近は失感情症(感情や気持ちを特定・記述することの困難さ)の影響を統制した場合、自閉症と情動伝染とは無関連であることが指摘されている(Bird et al., 2010)。
・表情筋の計測を行ったところ、研究によって結果は割れているが表情の伝染は生じることが明らかにされている。
➡以上から、情動伝染に関わる行動・神経機構には差がないことが示唆される。
▷自閉症と伝染・模倣
・あくびの伝染に関する研究で、自閉症者は定型発達者に比べ通常状態ではあくびが伝染しにくいものの、目や口を注視させるよう課題を工夫した場合には伝染することが明らかにされている(Senju et al., 2007;Usui et al., 2013)。
・一般的に自閉症者は模倣課題の成績が低いこと、特に低年齢の場合、無意味な手の形の模倣が困難であることが知られているが、模倣対象の顔を見てから模倣するよう課題場面を設定すると、自閉症者も定型発達者も模倣課題の成功率が上昇することがわかった(Kikuchi et al., in prep)。
➡以上の知見は、他者への注意を促せば、自閉症者も行動の模倣や伝染を示すことを表しており、他者の行動同期に関わる神経機構それ自体に差がない可能性を示唆している。模倣動作開始前の他者への注意など、行動の誘因を調べる必要があるだろう。
▷自閉症と情動認知
・自閉症者は定型発達者に比べて表情の読み取り課題成績が悪いという研究は複数報告されているが、最近は上場認知の成績低下は失感情症によるものという指摘もある。また、表情認知能力それ自体には差がないが、他の情報との統合が行われにくいのではないかと言う指摘もある(情動的情報処理自体には問題がないが、それをその後の認知や行動に利用していない可能性)。
➡最近、自閉症者は脳部位の神経機構のネットワーク(接続・回路)に特異性があるという報告もある(Khan et al., 2013)。高度な社会的認知には、異なる領域間(特に広域)の協調を要するのかもしれない。
▷自閉症と自他区別
・自閉症者は自他区別が必要となる課題の成績が悪い(Brass et al., 2010)
・自他区別の認知的要素には側頭頭頂接合部(TPJ)、感情的要素には縁上回(SMG)が関わっている(Hoffman et al., 2016)。
・自他区別課題実行中の脳機能を測定したところ、SMGを中心とするネットワークには違いが見られないが、TPJを中心とするネットワークで活動に違いが見られた。
▷自閉症者と共感
・自閉症者と定型発達者の間で、心の理論課題のような認知的共感や、感情的共感に差がない、あるいは見られにくいという報告がある。
➡ここまでの研究知見を総合すると、自閉症者は「自他区別がない」一方で、「感情的共感がある」状態であると考えられる。これは相手の痛みを自分のものと認識している状態と言え、情動伝染に近いものである。
➡今後自閉症と共感性の関連を検討する際には、共感の2要素(認知・感情)とそれぞれの構成要素(情動伝染、自他区別)に分け、かつ失感情症の影響も考慮した研究が必要である。
▷自閉症と心の理論(他者の誤信念の理解)
・自閉症者は他者の行動の原因を心的状態に帰属せず(マインド・ブラインドネス)、これが社会的困難の認知的原因とされる(Baron-Cohen, 1995; Firth, 1989)。
・他者の誤った信念の理解(誤信念課題;Premack & Woodruff, 1978)の通過率を検討した研究では、定型発達児では言語年齢4歳時点で約半数の子どもが課題を通過する一方。自閉症児では通過率が50%を超えるのはおよそ言語年齢9歳時点とずれがある。
・様々な認知処理は、大きく2種類の処理;意識的・能動的・言語的な明示的処理(Explicit)と、無意識的・自動的・非言語的な潜在的処理(Implicit)に分けられるため、潜在的な(非言語的な)誤信念課題実験を行い、正解に対する予期的注視が生じるかどうかを調べたところ、定型発達児は登場人物の誤信念に基づく予期的な注視行動が現れる一方で、自閉症児ではそれが見られなかった(Senju et al., 2010)。また、成人の自閉症者でも同様の結果が得られた(Senju et al., 2009)。
➡以上の結果は、自閉症者では誤信念課題に通過する場合でも、誤信念に沿った予期的注視行動が見られないことを示している。これは、「自発的に」他者の心的状況を推論しようとしない傾向を反映している可能性がある。
➡日常生活では、相手の心の状態に応じて、相手からの要求がなくても(やってほしそうなことなどを予期して)自分の行動を変えることが重要となるため、「自発的に」心的状態を推論しない傾向は、社会的場面における適切な振る舞いを妨げている可能性がある。

2.自閉症と心、道徳性

▷自閉症と道徳性
・一般的に、道徳的逸脱の方が規範的逸脱に比べて「悪い」ことは3歳までに理解される(Turiel., 1978)。
・自閉症者も道徳と規範の違いを理解しているものの、なぜそれがより悪いかと言うことに関わる正当化や理由づけを行う傾向が弱く、他者の意図や福利への言及が少ないことが指摘されている。
➡自閉症者は自他の心的状態や意図に基づかず、ただ「悪いものは悪い」と学習している可能性がある。
▷心と道徳性
・近代法では、故意か過失か(すなわち結果が同じであっても意図の有無)によって量刑が異なる。ただし、子どもは4歳までは意図の有無にかかわらず結果を重視して罰の程度を判断する。その後は次第に故意よりも過失の量刑を少なく判断するようになる(→心の理論の発達との関連?)。
・自閉症者は意図的害の方が、事故的害よりも悪いと判断するが(危害意図の考慮あり)、意図に基づく傾向が少なく、量刑判断時に他者の意図や福祉に言及することが少ない(Grant et al., 2005; Zalla et al., 2011)。また、誤信念に対する理解があった場合でも、事故的迷惑に責任を求める傾向がある(Moran et al., 2011)。
・自閉症者も定型発達者も、人間への危害が所有物の損傷に比べて悪いことを理解しているが(Grant et al., 2005)、自閉症者は被害者が泣いているかどうか(危害に関する明示的な手がかり)によって量刑判断が影響されやすいことを報告する研究もある(Weisberg & Leslie, 2012)。
➡明地先生ご自身の研究(Akechi, in prep)でも、自閉症者は定型発達者とは異なり、行為者や対象の心的状態よりも、結果に焦点を当てて道徳的判断を行う傾向にある可能性が示された。
➡ただし、自閉症者も定型発達者と同様に、意図や行為能力が高い対象(=成人)に責任を求めたり、感情を感じる能力が高い対象(=成人や赤ちゃん、動物)ほど配慮すべきと考えている(Akechi et al., Unver Review)。したがって、自閉症者も他者に心があると考えており、また、心を知覚している。
▷自閉症研究からの示唆
・共感性の2つの構成要素(認知的、感情的)に分け、それぞれの構成要素に着目する必要がある。
認知的要素・・・情動認知、自己認知、他者視点
感情的要素・・・情動伝染、共感、同情
また、その際、どの情報を利用しているかということと、それが自発的なものであるかどうかも吟味する必要がある。
▷共感性と類似性
・実験で使用される社会的刺激はいつも定型発達者基準であり、自閉症者にとっては自身と似ていないため利用しづらい(同調しづらい)という指摘がある。
➡最近は、自閉症的動作や表情が処理を促進するかどうか、自閉症者の動きや表情、話を刺激にした研究が行われている(Cook et al., 2013)。

報告: 高橋翠(発達保育実践政策学センター特任助教)

参加者の声

  • 模倣についてですが、自閉症児と関わっていると、形は正しく模倣できている場合でも意味が入っていない場合が多いと感じます。無意味な形の模倣については、空間認知が苦手だったり、運動協調が苦手なお子さんが苦手としているのかなという印象を持っていたので、視線が合っているかといういうことと関係するのは新しい考えでした。模倣意味理解との関係が気になります。
  • 自閉症者と定型発達者との違いや共通点について色々な研究結果をもとに話していただくうちに、自閉症者は「何に興味を持っているのか」を考えるきっかけになりました。
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