Cedep 発達保育実践政策学センター

第32回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2018年2月28日 (水) 17:30〜19:00
場所
東京大学教育学部 第一会議室
講演

「バングラデシュにおける無償の就学前教育普及~新しい事象としての就学前教育を人びとはどう受容したのか~」

門松 愛(名古屋女子大学 児童教育学科)

本講演ではまず、門松先生がバングラデシュに着目された経緯や、バングラデシュの国勢、食文化などの背景について、実地の写真を交えてご紹介いただいた。その後、研究背景として、発展途上国のECCE研究やECCE普及の効果に関する理論や実証研究についての先行研究を整理していただいた上で、バングラデシュにおける就学前教育の状況と、2010年に開始された無償の就学前教育の効果を明らかにするため、「人々がどのように受容しているのか(学校現場の実態と人々の教育選択)」という観点から検討した調査研究についてご説明いただいた。

バングラデシュの就学前教育は、初等教育の準備を主な目的として、2010年の政府の国家教育政策以降進められており、2015年には公立小学校の90%以上に就学前クラスが設置され、2009年には10.86%だった就学前教育粗就学率も、2015年には31.22%まで上昇した。一方で、バングラデシュの初等教育における中途退学率は依然として高いままであり、その効果や妥当性については、まだ判断が難しい状況であることが指摘されている。さらに、この無償の就学前教育は、PEDPⅢ(開発プロジェクト)を財源として実施が開始されたが、期限付きの予算であり、その後どのように就学前教育の予算を確保するのかについてはまだ不透明であるようだ。また、この公立の就学前教育は、子供中心主義かつ遊びを通した学習を基本的な理念としており、既存の私立・NGOの就学前教育に比べると、5歳児の1年間のみと対象年齢が限定されており(私立は3歳児〜、NGOは2歳児〜を対象)、また設備や教師が整っておらず、カリキュラムの多様性も乏しい。

門松先生の調査では、特定の調査集落を対象に、就学前教育への認識や子育て意識、通学・不通学の理由について41名を対象にインタビューを行っている。その結果、通学させるという選択の理由については、知識スキルの獲得に関するものが最も多く、学校選択の理由については、家からの距離などの物理的理由や、教育的評判の良さなどが多く見られた。一方で、通学させないという選択の理由については、その選択をした家庭の大半が就学前教育の必要性を感じているにも関わらず、学校環境の問題(近くの学校の質や対応が不十分など)に関する理由や、保護者の主体的選択以外の理由(学校側の受け入れ体制が不十分、金銭的な余裕がないなど)などの理由の回答がみられた。

現在までの調査の結果から、バングラデシュの人々の認識(教育選択)のレベルで生じていることとして、就学前教育は学校教育の一部という認識から、既存の学校間格差がそのまま就学前教育での選択に影響しており、教育格差の早期化に繋がっている可能性や、既存の子ども観や学校観が就学前教育の選択を左右しており、国際的な就学前教育の理論・学校現場・保護者との間のずれがある可能性が示唆されている。上述したように、バングラデシュの無償の就学前教育の導入については年月が浅く、その効果に関する評価も十分定まっていない。そのため、今回ご報告いただいた門松先生の研究は、その効果を評価する上での貴重な事例報告だと考えられる。今後のバングラデシュでの就学前教育制度の拡大・改善に向けて、この”新しい事象“が人々の意識に与えるより長期的な影響や、教育現場に与える影響についても検証が進むことを期待したい。

報告: 新屋裕太(発達保育実践政策学センター特任研究員)

参加者の声

他国の就学前教育について詳しく話を伺い、保育・教育への価値観に生活的な背景が影響しているように感じました。

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