Cedep 発達保育実践政策学センター

第14回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2016年6月15日 (水) 18:00〜20:00
場所
東京大学教育学部 赤門総合研究棟A210
講演

「社会疫学からみた乳幼児発達」

加藤 承彦(国立成育医療研究センター 社会医学研究部)

加藤先生からは、「社会疫学から見た乳幼児の発達」というタイトルでご講演いただいた。アメリカでの留学生活の中で格差問題を目の当たりにした経験が現在の研究関心につながっておられるそうだ。そして、日本でも格差を実感する機会が増えていることを危惧されているという。

社会疫学は、社会制度や構造が人々の健康にどのような影響を与えているのかを研究する学問であり、ハーバード公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授は“川のメタファー”を用いて、溺れている人が多発しているときその上流で何が起きているのかを突き止めるという発想であると言う。

子どもの発達に関わる具体的な研究例として、まずアラバマ州を対象に加藤先生が取り組まれた調査についてお話しいただいた。調査の結果、アラバマ州では平均世帯年収の低い居住エリアには本屋が少ないこと、居住エリアと図書館の位置には関連がないものの、平均世帯年収の低いダウンタウンエリアでは子ども向けの本の貸し出し数が少ないことが明らかになったそうだ。そして、こうしたエリアでは殺人発生率・犯罪率が高く、また子どもの学力テスト成績が低いことから、社会疫学的な観点から、世帯収入や地域の安全性(図書館に子どもを気軽に行かせられるかどうか)という“川の上流で起こっていること”(社会構造や地域環境)が、本へのアクセスを介して子どもの学力に影響を与えているという仮説を導くことができると言う。

次に、日本の例として足立区で最近実施された「子どもの健康・生活実態調査」の結果が紹介された。日本では子どもの相対的貧困率が高まっていると報道されているが、貧困の問題は、単に家庭にお金がないだけではなく、人間関係、身体的・精神的健康、知識、将来に対する希望等々、いろいろな問題が重複して存在しているとことに難しさがあると言う。足立区の調査でも、「生活困難家庭」(世帯年収、生活必需品の欠如、支払い困難経験いずれかに該当する家庭)であるかどうかが、子どもの生活習慣や、ソーシャルサポート、母親の精神的健康と関連していたそうだ。日本はOECD加盟諸国で比較した際に家族関係社会支出(貧困家庭への再分配)が非常に低い水準になっている。他の調査で世帯収入と小学校6年生の学力調査との関連が明らかにされており、(学力は将来の社会経済的成功と密接に関連しているため)貧困問題に対する社会保障が十分とは言えない日本においては、貧困のサイクル(世代間伝達)が生じやすい社会構造が成立している状況であるという。

日本における子ども・子育てに関わる問題として、続けて少子化問題が取り上げられた。様々なデータから、日本における少子高齢化問題(未婚化・晩婚化)も、子どもの貧困問題と同様、“川の上流で起こっていること”=自助努力・自己責任型の社会構造に起因している可能性があるそうだ。

加藤先生からは、他にも公衆衛生分野における子ども・子育て関連の最近の研究成果についてご紹介いただいた。具体的には、21世紀出生時縦断調査研究(N=47,015)を解析した結果、これまであまり問題視されてこなかった軽度の早産(32~37週での出生)であっても、2歳半での行動発達、5歳半での行動発達でも影響があることが明らかになったという。先生によれば、軽度の早産であることは、それより前の週数で生まれる子どもに比べて人口に占める割合が大きいため(人口寄与率が高いため)、微小な差でも、社会に影響が出てくる恐れがあると言う。

加藤先生からは、これ以外にも、母乳育児と子どもの発達指標との関連や、成年者縦断調査に基づくライフワークバランスと出産意欲の関連など、様々な研究をご紹介いただいた。

報告:高橋翠(発達保育実践政策学センター特任助教)

参加者の声

社会疫学から見た乳幼児の発達ということで、より広い視点から見直すことができました。よりエビデンスでしっかりと考えていく必要性を感じました。

「アンケート結果のようなデータをどう処理するか:新しいカテゴリカルデータ解析」

中野 純司(統計数理研究所 モデリング研究系)

アンケートの回答には,身長などの実数値データとは異なるカテゴリカルデータが多い。カテゴリカルデータは「赤,黄,青の中から好きなものを選べ」といった形式のデータである。このデータの取り扱いの方法を,1.データ可視化,2.catdapによる解析,3.集約的シンボリックデータ解析の3点から解説した。以下それぞれの点について,概略を示す。

データ可視化

データ可視化のために,Mondrianというフリーソフトを紹介した。Mondrianでは対話的にデータを可視化することが出来る。例えば,連携した棒グラフやモザイクプロットを用いて,データの性質を理解できる。モザイクプロットは多重分割表を可視化したものである。セミナーではタイタニック号の沈没事故の生存者データを用いて,対話的にデータを可視化することの有用性を示した。参加者も様々なプロットを見ながら,データへの理解を深めたように思う。

boldcatdap

Catdap(Categorical data analysis program)は統計数理研究所名誉教授である坂本教授によって開発された手法であり,最近RパッケージとしてCRANに公開された。CatdapはAICを分割表に用いた理論が元になっている。AICは -2(最大対数尤度)+2(自由パラメータ数) で定義される。AICは当てはまりがよく簡単なモデルほど小さい値を示す。解析の例としては国民性調査データの一部を用いた。パッケージに含まれるcatdap1関数は指定した変数を説明するのに他の変数が有用であるかどうかを調べるものである。特に,AICを用いて最も関連がある変数を選択できる。さらに,catdap2関数では3変数以上の多重分割表を調べることが出来る。これらが実際にデモンストレーションされた。4変数以上の分割表の検討は,組み合わせ数の爆発的な増加のためにRパッケージでの解析が実際上難しいことなどの注意点が挙げられた。

集約的シンボリックデータ

グループを1つのデータとして扱い、いくつかの記述統計量で表すものを集約的シンボリックデータという。これはデータのサイズが非常に大きいデータの解析にも有用である。セミナーでは,貸家のデータを用いて個別のデータではなく,区単位に集約して解析する例を示した。

報告:山口一大(東京大学院教育学研究科教育心理学コース博士課程)

参加者の声

  • データを可視化することの有用性はこれまでも度々感じていた。今回のセミナーでとくに“対話的に”データ可視化および解析することが,非常に強力であることを改めて実感した。このような可視化や解析によって,仮説の検証のみならず,データから思わぬ発見に繋がる可能性も期待できるであろう。
  • 大変勉強になりました。現在アンケート調査を実施する予定ですので、今回のセミナーを参考に、より良い結果が示せるようにしたいと思います。今日はありがとうございました。
ページトップ