Cedep 発達保育実践政策学センター

第23回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2017年4月19日 (水) 18:00〜20:00
場所
東京大学教育学部 第一会議室
講演

「保育所における職場集団の構造と今日的課題―非正規雇用が増加する下での職務分担と職業能力形成―」

小尾 晴美(名寄市立大学保健福祉学部)

近年の保育所の職員体制に特徴的な問題として、長時間開所による勤務シフトの複雑化と保育者の雇用の非正規化が挙げられる。保育者の職務は、常に複数の保育者が協力する体制で遂行される。保育実践の「質」向上と人材育成のためには、職員間の連携が欠かせない。本発表では、異なる雇用形態の保育者間での職務分担が、職員間連携にどのように影響するのかを検討した研究を報告する。

まず、保育園の職場集団における職務分担と連携のあり方を、Y保育園(東京都内私立認可保育所)をモデルとして提示する。この保育園において、保育者の勤務はいわゆる時差勤務であり、在園する園児の数に対応する形でシフトが組まれている。保育室では、担当の保育者が毎日の勤務シフトに合わせて「午前リーダー」「午後リーダー」を交代で担当している。保育はリーダーとフォロワーという役割分業にもとづく調和的作業と頻繁なやりとりによって遂行される。保育計画に関しては、クラス内の統括責任をもつ「チーフ」がリードしながら議論を行っている。一方、技能形成においては、OJTが重要な役割を果たしている。経験の少ない保育者は、複数担任のクラスを受け持ち、先輩保育者の姿を見ながら経験的知識を獲得していくことが多い。また、会議も技能形成にとって重要である。保育室だけでなく、会議等での保育者同士の議論も保育実践の質を左右する可能性が考えられる。

では、非正規雇用の保育者が増えることでどのような問題が生じうるのであろうか。

Y保育園において、非正規保育者は保育室での業務にあたることが求められており、正規保育者との会議・打ち合わせ、保育内容の計画・決定に関わっていない。これは都内公立保育所でも同じ傾向である。非正規保育者アンケートでは、保育以外に担当する業務として清掃や保育準備等にあたる割合が高いという結果であった。

ヒアリング調査では、非正規保育者が、平常なクラス運営のために環境を整え、子どもの動きや正規保育者の動きを見て、臨機応変にその場の状況に対応することで、全体の活動の調整を行う役割を担っていることが語られていた。また、非正規保育者たち、特に短時間勤務の保育者は、会議・打ち合わせの参加の機会が制限されていることにより、情報共有の困難さを認識していた。こうした状況では、園の目的・理念・保育方法も共有されにくい。「非正規保育者アンケート」でも「会議には関わらない」という回答が63.0%を占めていた。特に、週当たり20時間未満の勤務だと、「非正規には伝えられない情報が一部ある」「非正規にはほとんど情報がない」という回答が9割以上占めるという結果であった。

さらに、非正規保育者では、知識・技能習得機会を得ることが困難である。保育士の資格を持ち経験年数が長い場合は、保育所の職務遂行を下支えできる。しかし、「非正規保育者アンケート」によれば、勤続年数が「3年~10年未満」の割合が39.2%と最も高く、非正規保育者の40.7%が資格を持っていないことが示されている。また、勤務時間が20時間未満の非正規保育者の80.8%は、研修参加経験がないという回答だった。さらに、特に公立保育園の非正規保育者は、雇用期間が限定されているため、数年先を見通して働き続けるということが想定できないことも多く、技能形成上不利になることが考えられる。

以上のように、保育者の非正規化が進むことで、保育の目的・理念・方法の共有の困難化、連携・情報共有の困難化、技能形成の困難化が生じる。多様な雇用形態の保育者による職場内の階層的分断をいかに乗り越えるかという課題に対して、園長・主任などのリーダーシップ、マネジメントのあり方が問われてくると考える。

報告:野澤祥子(発達保育実践政策学センター准教授)

参加者の声

  • 多様な雇用形態の保育者が職務を遂行する保育の職場の実態が、アンケート調査、ヒアリング調査、観察調査など複数の方法を用いて多角的に明らかにされており、大変興味深く拝聴しました。最低基準を満たし、より手厚く人員を配置するという「保育の質」の保障・向上のための取り組みが、保育者の非正規化を促進し、職員間の連携を困難にするというジレンマが生じていることに気づかされました。子どもの発達や安全の保障という観点からみたときに、単に人員を多く配置することがよいのかということについても改めて検討する必要があると思いました。また、多様な雇用形態、経験、モチベーション、技能の保育者が混在する職場集団において、効果的な連携のあり方を探ることは喫緊の課題だと感じました。
  • 保育士の立場からは、とても分かりやすい話がきけて勉強になりました。又、調査をすることの大変さも感じ、保育士としての実感(経験)から質問もさせて頂き、ありがたかったです。
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