Cedep 発達保育実践政策学センター

第28回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2017年10月25日 (水) 17:30〜19:00
場所
東京大学教育学部 第一会議室
講演

「保育所等における食育とそれをめぐる研究課題」

酒井 治子(東京家政学院大学 現代生活学部)

保育所等における食育をめぐって、子どもの育ち、保護者のかかわり、園の取り組み、政策、そしてそれらを支える文化や伝統といった様々なレベルから、これまでの研究の知見や今後の課題について、ご講演いただいた。

酒井先生が大学・大学院時代に研究をされていた頃、栄養学は人体の成長のみに焦点が絞られ、「食」の場で発達する子どもに目が向けられていないという懸念を抱いておられた。そして、生体内の栄養素循環のみでなく、人間の食の営みを発達という縦糸と食生態という横糸からできた織物として捉える、食生態学として探求していきたいという思いを強くされた。なお、食生態学とは、地域で生活する人々の多様な「食の営み」について、個人的要因に加え、社会や環境、地域の仕組み等を含めて構造的に明らかにする学問である(足立, 2008)。

食育の政策レベルで見てみると、現在、平成28年度からの5年間を期間とする「第3次食育推進基本計画」の重点課題が提出されている。その重点課題とは、①若い世代を中心とした食育の推進、②多様な暮らしに対応した食育の推進、③健康寿命の延命につながる食育の推進、④食の循環や環境を意識した食育の推進、⑤食文化の継承に向けた食育の推進である。健康だけでなく、生涯にわたる食の営み、食べ物の循環という視点が盛り込まれている。もともと食育が個人の活動として進められ、2002年頃から食のリスク対策として進められてきた経緯を鑑みれば、現在はより生態学的な観点から考えられるようになっている。なかでも、和食文化が強調されているのが最近の特徴である。

次に、食育のうち子どもの食の育ちという観点から近年の動向を見てみると、食を通して子どもが十分に育つ環境を整えること、また、食を通した保護者支援の重要性が、これまでの調査等から浮かび上がってくる。まず、少子化時代の子育ち環境として、基本的な生活習慣が育っていない、食卓を囲む親子のかかわりが少ない、人と関わる経験が不足しているといった状況がある。また、核家族化や地縁の希薄化に伴う家庭や地域の育児機能の低下、食に関する知識や技術の不足などにより、食をめぐる育児不安が増大している。そのような状況で、保育所等を拠点として、親同士が、また、地域の人々とともに、ふれあい、学び合い、支え合い、子育てを分かち合う場としての「食」への注目が高まっている。平成30年度から施行される保育所保育指針においても、それらの観点が反映されている。

園レベルで見てみると、食育に関わる体験のほとんどは、乳児保育における3つの視点(「健やかに伸び伸びと育ち」「身近な人と気持ちが通じ合う」「身近なものと関わり感性が育つ」)や幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の10の視点、そして保育の5領域(「健康」「人間関係」「環境」「表現」「言葉」)のおおかたを網羅している。すなわち、保育所等における食事提供の意義として、養護だけでなく、教育的な役割も期待される。多くの園で実施されるようになった栽培や調理、飼育等の体験はもとより、園での日々の食事経験やそれにつながる様々な経験の大切さも認識されるところである。

最後に、研究の観点からは、1歳半から3歳頃の摂食に関するデータの不足が、課題として挙げられる。特に、私的空間である家庭における食事のデータが極端に少ない。公的制度として1歳6ヶ月健診や3歳児健診があることを考えれば、それらの健診の結果と家庭や保育所等における食の状況を紐づけて分析できるデータ収集の仕組みづくりと、それによるコホート研究の実施が望まれる。また、Cedepの「もぐログ」アプリに期待することとして、栄養摂取の記録分析、食行動発達のアセスメント、保護者自身の食を営む力のアセスメント・支援、保育所等の園のアセスメント・支援、献立の交流、さらには地域との関係構築などがある。保護者の自信につながったり、保育所等の専門性向上を支えるような研究と実践の協働、実践の支援を行うことが今後ますます求められるだろう。

報告: 淀川裕美(発達保育実践政策学センター特任講師)

参加者の声

  • 大変わかりやすく、エビデンスに基づいた研究の発表をありがとうございました。私自身も3人の子育てを経験し、改めて、食育の大切さをふり返ることができ、今後は孫たちにも生かしたい、今日の学びを伝えたいと思いました。次回は、「おやつ」に関する食事の補助的役割についても、伺えたらと存じます。
  • 食は、人間の生涯にわたる文化的生活を支える基盤であり、特に乳幼児期の摂食や食事経験が生涯にわたる影響を及ぼす。その影響を考えれば、生態学的な観点から、乳幼児期の家庭や園における食の実践の把握、研究、実践や政策への提言はきわめて重要であると思った。そのために、複数の専門性が知恵を持ち寄り、取り組むことが大切だと改めて感じた。新しい技術を活用した研究や実践へのフィードバックの可能性についても検討していきたい。
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