石川県における共創型研究
2019年度から、石川県健康福祉部少子化対策監室の担当者、石川県内の保育・乳幼児教育施設の園長・保育者、保育者養成校の教員の取り組みに発達保育実践政策学センター(CEDEP)が参加し、乳幼児期の保育・教育の質向上をめざした事業とそれに関わる研究に取り組んできました。石川県の事業を行うとともに、それと並行する形で、関係者が自律的にワーキンググループを立ち上げ、保育者の専門性向上のための研修を検討・実践してきました。
取り組みにおいては、それぞれの関係者が対等な立場として密な対話を重ね、事業と研究を共創してきました。地域の課題や状況を踏まえつつ、「ひとりひとりの子どもの最善の利益」を理念としたこれからの保育・教育のあり方を考究し、実践と学術双方の発展・変革につなげることに主眼を置いています。
こうした取り組みが発展する中で、2022年9月には、正式に、「乳幼児教育保育研究コンソーシアム石川」(石川県認定こども園協会内)が設立されました。コンソーシアムには、2023年度、石川県からの委託事業「0歳から教育の質の向上事業」として予算が措置されることとなりました。
一方、教育学研究科と石川県は、2023年3月に幼児教育・保育に関する連携協定を締結しました。
2023年4月5日|石川県と東京大学大学院教育学研究科との幼児教育・保育に関する連携協定締結式について
これまでの取り組み
保育教諭研修構築に関する調査研究
石川県は、保育所や幼稚園から認定こども園への移行が進んでおり、就学前の幼児教育・保育施設に占める認定こども園の構成比が高いという特徴があります(2023年度で約7割)。そのため、認定こども園の機能を踏まえた保育教諭の専門性を高めるための研修体系の構築が喫緊の課題として挙げられました。
これを踏まえ、2020年度から石川県の事業として保育教諭研修構築に向けた取り組みを行ってきました。保育教諭研修構築のための研究会およびワーキンググループでの議論、また、CEDEPによる先行研究の整理・研修ニーズ調査の結果等から研修体系を構築するとともに、新たに設定された科目について試行検証を行っています。
いしかわ保育・教育アドバイザー派遣事業及び園内研修事業に関する調査研究
石川県は、文部科学省による幼児教育の推進体制構築事業の採択自治体として、2016年に幼児教育センター機能を教育委員会ではなく、全国で唯一、健康福祉部に置き、幼児教育アドバイザー派遣のモデル事業を進めてきました。指導主事等がアドバイザーとなって指導・助言を行う形ではなく、養成校の教員や現任の園長・主幹・主任等がアドバイザーとなってグループで派遣される形が特徴的です。しかし、2年間のアドバイザー派遣事業を進める中で、アドバイザーとしての専門性を高めるための養成プログラムの必要性が認識されました。
そこで、アドバイザー養成プログラムの検討委員会およびワーキンググループにCEDEPも関わって、2019年度に養成プログラムの素案を作成しました。さらに、2021年度からは、オンラインでの座学研修と園での実地研修を実施し、その検証を行っています。また、アドバイザーの派遣が園内研修の質向上に寄与するのではないかという点についても検討を進めています。
なお、アドバイザー派遣事業では、CEDEPが開発したHoiQの活用も試みています。
PTD(Progress Through Dialogue)研修の検討と実践
石川県認定こども園協会が、園の実践や可視化記録(写真と文字の記録)に基づき、子どもの姿を中心に対話をすることで、保育者の専門性の向上や園の保育の質の向上につなげることを目的とした研修を実践してきました。対話を通して前に進む研修として、「PTD(Progress Through Dialogue)研修」と名付けました。PTD研修には、石川県の保育者養成校の教員やCEDEPのメンバーも参加しています。
今後、PTD研修をさらに展開するとともに、その成果を共有しながら、研修のあり方についても検討・発展させていきます。
0歳からの教育の質の向上事業
「乳幼児教育保育研究コンソーシアム石川」(石川県認定こども園協会内)では、石川県からの委託事業「0歳から教育の質の向上事業」を実施します。特に0~2歳の子ども同士の関わりから考える教育のカリキュラム(指導計画)の作成の考え方(ガイドライン)について検討します。
成果
このガイドラインには、子どもの権利保障を最も基本的な視座に据えて、子どもが「人、もの、こと」と出会う対話的経験を通して学び、発達の獲得を支援していくという保育・教育の在り方が見事に描き出されています。そのために保育・教育者は、子どもの声に耳を傾けますが、その声は狭い意味での言語に限るものではないこと、身振りや表情、描画や制作物など、子どもが自己と他者をつなぐものとして、世界へとさしだす、あらゆるものを鋭敏な感受性と共感をもって受けとめていることが実践事例から伝わり、強い感銘を受けました。もう一つだけ付け加えますと、「子どもは、0歳から能動的な学び手である」という事実に基づいて、子どもが保育・教育制度の環境を変える能力を正面から認めていること、これも注目に値する重要な点であると思います。私たちは、子どもの権利を保障するために保育・教育の環境と制度を整え、改善しようと努力しており、それは間違ったことではありませんが、このガイドラインが示す子どもの学びの理解に立つならば、子どもがまわりの「人、もの、こと」と関わり、学び、成長することとは、まさに「人、もの、こと」という社会的アンサンブルを子ども自身が変えていくことに他なりません。つまり、学びは、子どもたちが生活する世界に参加する他者や物質や出来事などとの分散的実践における存在論的変容として現れるのであり、これを「0歳からの教育」の姿として示したことは素晴らしいことだと思うのです。
東京大学大学院教育学研究科長
勝野 正章
関連イベント
2025.7.27開催 共創型研究シンポジウム「これからの日本の乳幼児期の教育・保育を石川県から考える」
待機児童の大幅な減少や少子化を踏まえ保育の「量」の拡大から、地域のニーズに応じた「質」の高い保育の確保・充実への転換が発表されました。しかし、人口減少地域をはじめ地域の現実と保育・教育のあり方は十分に議論されていません。少子化が急激に進む時代に教育・保育の効率化・合理化を推し進めるのか、その土地・地域に根ざしつつ新たな共創化・公共化をめざすのか、私たちはまさに今その岐路に立っているのではないでしょうか。本シンポジウムでは石川県とCEDEPの共創型研究の取組を踏まえつつ、今後の日本の乳幼児期の教育・保育のあり方を考えます。


